そして

日本の地震は、遠く離れている私でも
特におばあちゃんや親戚が福島県にいることなどもあり、
ニュースに一喜一憂な日々でもあったり。

しかし、そんな中、私は前から予定したローマに旅行したりしていました。
地震の一週間後でした。
こんな状況だから、いつもは一応行く前に連絡をする両親にも知らせず・・・。

でも、驚くことに、ローマには日本人が沢山いました。
日本からの旅行者の方が沢山いました。
「あれー、なんか大丈夫なのかな」
と思ってしまうほど。

そんな中見た、バチカンのサンピエール大聖堂は、とても気持ちを乱された
というか。
















本当にこんなに沢山の聖人がいるなら、早く日本を救ってほしいと。





















祈るというのは、こういうことかと。

もちろん、ローマは楽しかったけど、もちろん常に何か気になる。
もちろん、それは当然のことなのだけど。

今日、実家に電話をして、久しぶりにお父さんと話をした。
郡山のおばあちゃんたちも無事だし、自分たちも大丈夫と言う
お母さんの言葉は本当なのか。
フランスのニュースも、それこそ、日々がけっぷちの状況を伝え、
決して状況が好転していないだろうことを思い知らされるのだけど、
家に電話すれば
「あ、今ね、友達来てるから、切るわよ」
と言われたり

「今日は、アリーナにボランティアに行ってきたよ。いろんな人と話せて
楽しかった」
と、その状況を受け入れながら生活している。

お父さんは
「仕事も行ってるし、普通普通。今日は会社休みだから、ゴルフ行ってきた。
ゴルフ場空いてたけどね」

ゴルフ・・・行ったんだ・・・

「うちは赤ちゃんいないから、水も飲めるし、ペットボトルは1本買ってある」

い、1本・・・???
普段も水道水を飲む家族なので、ペットボトルは、一本だけいざと言うときの
ために買ったのか。

「納豆も、朝早く行けば買えるよ」

そうか・・・、お父さん、なんか超普通に生活してるね。
大丈夫なんだ。

「大丈夫だよ、マスコミが大げさなんだよ~」
だそうです。

これは、あくまでも私の両親が、私に言った言葉であって、決してジェネラル
なものではないと思うし、もしかしたら私に言わないだけで、ほんとは
大変かもしれない、と裏をかいてみるけど。
本当は今年、ニースに遊びに来るといっていた両親。
以前、お母さんと話したときは
「今年は旅行なんかいけないわよ、落ち着いたら東北にボランティアに行くから」
と言っていた。

そうかもしれない。
本当は、私がどうこういうよりも、兄妹や実家のある福島の状況を心配しているのは
お母さんなんだし。

そして、フランスのメディアでも散々言われていた、日本人のメンタリティ。
原発の状況が関東にも影響し始めたとき
「とりあえずニースにくれば・・・」
と言ったら

「あんなに命を張って頑張っている人たちがいるのに、
自分の親だけ助けようって、人間が小さいね~。」
と言われたのでした。

ともかく、1日も早く、落ち着いて生活できる日がくればいいと思う。
遠く離れている私からすれば、できることはお金の協力かもしれないけど
いつも使ってるクレジットカードのキャッシングでの外貨引き出しが利用
できなくなったり・・・私自身の生活をちゃんとしてくださいという話なので、
とにかく、両親や弟たちに余計な心配をかけないように、
しっかりと地に足をつけてと自分に叱咤するのでした。

















ニースは、日に日にビーチも賑わい、シーズン目の前といったかんじです。

































ラヴェンダーも咲き始めたし






















































ここから遠い日本では、毎日が大変な状況だけど、
自然や歴史が残したもの、世界はまだまだ美しいと思ってしまう。
きれいごとだけど。
きれいごとしか、いえないのですが。

本当に被災した人たちには、歌も景色も、思い出も何もかもが
感情を動かすものではないかもしれないし、
既に感情だけで、続けられるものではないのかもしれないし、
そう思っても。

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